イヌワシの森を守るための、間伐スギのビールを作ろう

日本の森から消えていくニホンイヌワシ

2020年は新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、暗いニュースが多い年となりました。

しかしそのような中でも、群馬県みなかみ町の「赤谷の森」では、絶滅の危機に瀕する”ニホンイヌワシ”が3年ぶりに繁殖に成功するという明るいニュースもありました。

ニホンイヌワシ(A.c.japonica)は日本固有の猛禽類ですが、年々個体数を減らしており、現在では絶滅の危機に瀕しています。

イヌワシは日本以外にも、北アメリカやユーラシア大陸などにも亜種が生息しており、主に草原地帯や低潅木地などが開けた土地に生息しています。

一方で、日本の固有亜種であるニホンイヌワシは、森林に覆われる日本の山岳地帯や森林に適応した極めて特異な亜種と言われます。

このニホンイヌワシは、日本の山野の中でノウサギやヘビ、またカモシカやニホンジカの幼獣をも捕食する食物連鎖の頂点に立つ存在であり、生態系のバランスを保つのに重要な役割を果たしています。

そのため、ニホンイヌワシの保護は、日本の山岳地帯や森林における生物の多様性を持続可能に保全していく点で、とても重要な意味を持つと言われています。

赤谷の森のイヌワシつがいの雌 (提供:日本自然保護協会)

自然と共存する社会づくりを目指す、みなかみのブルワリー

そんな世界的にも特異で、日本の森林保全にとっても重要な意味を持つイヌワシが繁殖に成功した群馬県みなかみ町の温泉街に、地元に根付いたローカルブルワリー「OCTONE BREWING」があります。

このオクトワンブルーイングのオーナーである竹内康晴さん・美和さん夫妻は、Brewing for Natureで取り組んだ静岡・富士宮の森林保全のために行なった「間伐ヒノキのビール」の活動に興味を持って頂き、

自身も地元みなかみの森林保全やイヌワシ保護のために何か出来ないかと、各ブルワリーに声がけを行いました。

竹内夫妻は2017年から、康晴さんの生まれ故郷であるみなかみ町へ、神奈川からUターン移住しブルワリーを開業、クラフトビール作りを通じて自然と共存する社会づくり目指して日々活動されています。

ビール醸造の他にも、遊休農地を活用した自社でのホップ栽培や、森林保全にも繋がる狩猟や自伐型林業にも今後の展望を広げ、自然と人間がより持続的に共存できるような取り組みを始めています。

そんな竹内夫妻は、先述のニホンイヌワシ保護を目的とするみなかみ町の取り組み「AKAYAプロジェクト」にも賛同しています。

竹内夫妻に案内頂いたイヌワシ保護・観察を行なっているみなかみの赤谷の森。間伐による整備が進められている。

人工林を間伐し、イヌワシの狩場を作る「AKAYAプロジェクト」

AKAYAプロジェクトの目的は、みなかみ町の「赤谷の森」の人工林を間伐によって適切に整備し、イヌワシが昔の様に餌を取れる環境を創出することで、繁殖を促す取り組みです。

みなかみの山野は、先の活動で触れた富士宮の森林の例に漏れず、戦後の経済成長の木材需要に応えるため、成長の早いスギやヒノキなどが人工的に植林された針葉樹で覆われました。

しかしその需要も価格が安い輸入木材にとって代わられ、山岳地帯には不自然に密集し放置された人工林が多く残されることになります。

ニホンイヌワシは世界のイヌワシの中では一番小型ですが、翼を広げると2メートルもの大きさになります。

そのため、餌取りには適度な木々の間隔を持つ成熟した自然林や、管理が行き届いた伐開地や若い植林地のような広く開けた環境が必要です。

しかし放置された人工林が残った現在のみなかみの山岳地帯は、木々が密集し、さらに植林された針葉樹は冬季でも落葉しないため、イヌワシにとって好適環境とはいえず、繁殖が阻害されています。

その結果、みなかみのイヌワシも繁殖成功することが難しくなり、そして日本全体としても、野生動物の個体群の持続可能な最低個体数とされる500羽を下回ることが危惧されています。

AKAYAプロジェクトは、この様な状況を改善するため、赤谷に植林されたスギなどの人工林の間伐や、生態調査を通じて、イヌワシの繁殖を促進する活動を行なっています。

間伐前の人工林。管理が行き届かなくなった人工林は密集した木々が連なり、イヌワシの狩場には適さない環境となっている。

みなかみでのビアキャンプ開催と、間伐スギのビール

竹内夫妻は、このイヌワシを守るAKAYAプロジェクト、そしてみなかみの自然の事をより多くの人に知って貰いたいという思いから、

地元みなかみ町でも、Brewing fo Natureが開催した森林保全のためのイベント「ビアキャンプフェス」が行えないか、各ブルワリーに賛同を募りました。

ビアキャンプフェスが開催できれば、その参加者にビールを通じてみなかみの現状を伝えることができ、さらにイベント収益の一部をAKAYAプロジェクトに寄付することもできます。

さらに、より多くの人にメッセージを知って貰えるよう、富士宮の森の「間伐ヒノキのビール」と同様に、みなかみの赤谷の森の「間伐スギのビール」を醸造するという企画も立ち上げました。

この「間伐スギのビール」は、赤谷の森の間伐杉の若葉から取れたエッセンシャルオイル“Sumika”を使って香り付けしたビールとなる予定で、イベントにむけて現在醸造の準備を進めています。

薪を燃料にし、山の湧き水を使って蒸留されるスギの葉オイル。柑橘系のような爽やかな森の香りが楽しめる。イヌワシのデザインも。

日本一の"モグラ駅"と「DOAI VILLAGE」でのビアキャンプ

ビアキャンプフェスの開催は、地元のみなかみの無人駅「土合駅」に併設するグランピング施設「DOAI VILLAGE」で行えることになりました。

「土合駅」は、みなかみ町湯檜曽にあるJR東日本の上越線の駅であり、地下のホームから地上の改札まで486段もの階段がある、日本一のモグラ駅として有名です。

以前は谷川岳などの登山者・ハイカーで賑わったこのモグラ駅ですが、現在は関越自動車道や上越新幹線の開業により乗降客が減少し、無人駅となりました。

そんな無人駅をリノベーションし、地域を再び活性化させようと2020年オープンしたのが、「DOAI VILLAGE」です。

「DOAI VILLAGE」は、JR東日本スタートアッププログラムとして採択され、JR東日本各社と株式会社VILLAGE INC.が協業し、地域活性化の実証実験を行う施設として開業しました。

施設には、土合駅に併設するグランピング設備の他、カフェや野外サウナも併設され、人が少なくなった無人駅で、新たな人の交流が再び始まっています。

そんな「DOAI VILLAGE」で、情勢を見ながらではありますが、みなかみの自然を知るビアキャンプフェスが2022年春〜に開催する運びとなりました。

駅に併設するキャンプ場「DOAI VILLAGE」。みなかみの自然を楽しめる施設で、カフェやサウナも利用可能。

もぐら駅の地下ホームで熟成させる、ローカルビール

また、この土合駅の地下ホームを利用して、各ローカルブルワリーが熟成ビールを作る取り組みも始まりました。

土合駅のホームは地上から約70m地下のトンネル内部にあり、一年中気温が一定であるため、天然の冷蔵庫としてビールを貯蔵し長期間熟成させることができます。

2020年から始まったCOVID-19の感染拡大により、多くのビールフェスやイベントが開催できず、ビールを楽しめない日々が続きました。

そしてBrewing for Natureとしても、前回の富士宮や、このみなかみ町のビアキャンプも開催の目処が立たない状況となった年でした。

そういった状況の中で、各ブルワリーはまたみんなが安全にビールを楽しめる時のため、各々のビール樽を地下ホームの一室に貯蔵してエイジングすることで、密かにビアフェスの準備を始めました。

このモグラ駅での熟成ビール作りには、地元みなかみ町のオクトワンブルーイングを始め、現在様々なローカルブルワリーが参画し、既に250リットルを超えるビールが貯蔵されています。

次回はその熟成ビールの貯蔵の様子について、ご報告していきたいと思います。

土合駅の地下ホームでは、現在様々なブルワリーのビールを貯蔵し熟成中です。

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